嘉日 (本編後・拓珠・珠紀誕生日創作)



女に喜ばれる贈り物に関する情報というのは意外と少ない…ような気がする。
季封村では情報のソースがあまりに少ないということもあるが、結局は十人十色好みは違う、で片付けられて参考になりそうもない。

だからこそ彼女が笑ってくれるなら何でもしてやる気で、これでもいろいろ考えたというのに。

「何でこうなってるんだ?」
現状を省みて、拓磨は誰にも聞こえないように小さく呟くと手元を凝視した。



「あ、何か苦手なのあった?」
その沈黙の理由を問いかけてきた珠紀に、
「いや、そんな事はない」
拓磨は止まっていた箸を再開させる。

手元にあるのは、珠紀お手製の弁当。
確かに華やかさには欠けるものがあるが比較対象である美鶴があまりに玄人すぎるのだという珠紀の訴えも当然のもので、これはこれで素朴な味わいがあるのを拓磨は重々承知していた。
それこそ、美鶴が高級料亭の美味さなら、珠紀のは家庭の温かさがある美味さとでもいうのだろうか。

「どうかな?」
新たなおかずを口にすれば問いかけてくる珠紀に、拓磨は租借しつつ頷いた。

「よかった」
それだけで嬉しそうに表情を緩ませた珠紀に、拓磨も伝染したように表情を緩めつつ、
「で、何がしたいんだ?」
拓磨は当然のように問いかけた。

学校もない休日に毎日のように目にする山の中で弁当を食べている。
守護者たちも揃って遊ぶ事もたまにはあるが…それがただの休日だったらの話だ。

今日はただの休日ではない。
年に一度の大事な日。
珠紀の誕生日。

だからこそ、何でもしてやる気だったのだけれども…珠紀の出した提案はこれだった。

「拓磨は、山でお弁当食べるの嫌だった?」
「別に嫌じゃないが…」
拓磨の様子を伺いつつ少し沈んだ様子の珠紀に拓磨は嘆息する。

「俺はお前にこそ聞きたいぞ。もっとやりたい事あったんじゃないのか?」
拓磨の仕入れた知識として、雑誌にあったのはイベントだからこそ特別な事をすれば女は喜ぶというもの。
都会から来た珠紀にとっては新鮮味は欠けるかもしれないが、季封村での日々に比べたら町に出る方が特別な要素が多くある。
プレゼントを贈る事だって、食事をする事だって。
そのためならば、財布の痛手など痛手にもならないと思っていたのだが…。

「それか、もっとやってほしい事とか…」
なのに、現実は拓磨の方が珠紀のお手製弁当をもらっている状況である。
なおかついつも邪魔な先輩もいなく2人きりという状況もありがたく、拓磨にとって誕生日なのに逆にもらってばかりなのはかなりの違和感だ。

そんな拓磨の様子に、珠紀はただ首を横に振った。

「これがやりたかったの」
「これが?」
弁当を指差した拓磨に、珠紀は大きく同意する。

「うん、これ」
珠紀の様子を観察してみるも遠慮や嘘などの感情は読み取れず、わかりやすいこの上ない彼女の感情に偽りなどあるはずもなく。

「拓磨にお弁当作ってあげて、2人で食べてのんびりして…それがやりたかったの」
満面の笑みでさらっと言われた台詞に、拓磨は赤面する羽目になった。

「お前の、誕生日だろ…」
「うん、拓磨におめでとうって言われて嬉しかったよ」
「そ、そうか…。でもだからこそ街とかに出てだな…」
「それも雑誌に書いてあった?」
小さく笑いをもらした珠紀と視線を合わせることができないままに拓磨は頷く。

「でも雑誌に書いてある事と私の趣味は違うみたい。誕生日っていう記念日だから、好きなことしたいんだ」
「ここには好きなもの楽しむ要素少ないだろ」
「拓磨がいるよ?」
再びさらりと言われた言葉に拓磨は目を見開き、まっすぐに見つめられた珠紀の頬も自身の発言も伴って僅かに赤くなりながらはにかんだ。

「拓磨にお弁当作ったりするの、本当に嬉しいんだよ。拓磨と一緒にいるんだなぁって感じるから。だから、今日お願い聞いてくれてありがとう拓磨」
「それは、こっちの台詞だろ」
照れて頭をかきながら、拓磨は言葉を考える。

「弁当はいつ作ってくれても嬉しいから、また作ってくれ。2人でのんびりするのは…真弘先輩さえ騒がなきゃな」
「そうだね」
「それに、これくらいの事は願い事にもならない。普段から遠慮せず言っとけ。無茶苦茶じゃなけりゃ聞いてやるよ」
「それじゃあ、毎日が記念日になっちゃうよ」
珠紀は笑いをもらす。

「お前は毎日幸せに暮らしてればいいんだ。そうしてりゃ俺も幸せだ」
そんな珠紀の笑みを受けて、拓磨は柔らかく微笑んだ。


* back *

またしてもうっかりスルーするところでした…(汗)
誕生日らしくない雰囲気ですが、ただ一緒にいられる事に幸せを感じる珠紀を。
そうしたら記念日だからこそ幸せに過ごしてもらいたいなぁと。

脳内にずっと笑ってる拓磨の立ち絵が消えてくれませんでした…

珠紀、誕生日おめでとう!