作られた音 (本編後、FDまでの間)



時計で時間を確認して、一番新しい発信記録から番号を呼び出す。
たとえ多少寄り道をしていたにしても、もう帰宅しているだろう時間。

そうして、
『もしもし、鬼崎です』
聞こえてきた拓磨の声に、
「拓磨!」
珠紀は嬉しそうに声をあげた。





『珠紀か』
挨拶も抜きにあげられた声に対してでも返ってくる拓磨の声は優しくて、珠紀の表情が華やいだ。

「一番に拓磨の声が聞こえると嬉しいな」
『…お前、そういう事を平然と言うな』
「本当の事だもの。拓磨は違うの…?」
『…違うんだったら、電話が鳴ってもわざわざ取りになんかいかない…』
電話口で照れている拓磨の姿が想像できて、珠紀は小さく笑みを洩らす。

こうして電話をする事は、珠紀が実家に来てから頻繁に行われている習慣で、拓磨と珠紀の2人にとって日常の話をして、ただそれだけで満たされる時間となっていた。

『こっちは冬が近づいてる。廊下も少し冷えるようになってきた』
拓磨が小さく息を飲んだ声と近況報告。

「家の電話は廊下にあるんだっけ?…拓磨も携帯電話持てばいいのに」
『唐突だな』
「廊下だと寒くない?それに」
突然の話題に苦笑した声に、珠紀はクラスメイトの様子を思い出した。

授業中こっそりメールを交わし、連絡が取れる仲間達。
友人の1人は恋人とメールしていたのだと昼休みの時に嬉しそうに語っていた。
そんな中、家の電話とでしか連絡手段がない拓磨。

「メールとかできたら、もっと一杯連絡取れるかもしれないじゃない」
『どっちにしろ、季封村じゃ電波届かないだろ』
「そうかもしれないけど…でも連絡取れたら嬉しいじゃない」
そうしてクラスメイトの表情を思い出せば少し羨ましくすらあって。

『手書きでもない画面の文字見て楽しいのか?それ…』
しかし、小さな嘆息と共に返ってきた言葉に珠紀ははっとした。

確かに、連絡がとりやすいと言う長所がある。
あるけれども…、少し物悲しくもあるのかもしれない。
誰が打っても変わらないメールの文面でだけ連絡が取れても、淋しい。

「そう、かも…」
『だろ?』
「でも、電話での連絡だってしやすくなるかもよ?拓磨だって廊下じゃ寒いだろうし、それに…」
そうして話をしながら、ふと珠紀は耳に意識を集中させた。

『それに…どうした?珠紀』
携帯電話越しに、拓磨の声が聞こえる。
明らかに直接ではない、機械を通した声。
それと同時に、自分が話す声もどこか反響して聞こえる。

話せるだけでも幸せだったけれど、聞こえる音が機械音なのだとわかってしまった瞬間、その幸せが薄れてしまった。

「…やっぱりいいや。拓磨は携帯なんか持たないで」
『はぁ?何なんだいきなり』
「お願い」
気付いてしまえば単純で、それでいいと思っていた自分が急に空っぽになるのを珠紀は感じていた。

その空白は、メールができないからでも電話が頻繁に出来ないからでもない。

拓磨が側にいないから起きているのだから。

「電話なんかじゃ、足りないよ」
ぽつりと珠紀が洩らした言葉に、沈黙が落ちる。

「機械を通した音なんかじゃ、足りない。みんな、なんでメールや電話で楽しめるのか、急にわからなくなっちゃった…」
『珠紀…』
弱くなった珠紀の声音に、拓磨が声をかけてくる。

「帰るね、絶対に帰るから」
『…ああ』
決意を新たにした珠紀の声に、拓磨の声が優しく応じる。

『待ってる。だから、必ず帰ってこい』
「うん…」
『電話越しじゃ、話してる実感わかないからな』
「うん…拓磨の顔を見て話がしたい」
『だから…帰ってこい』
「うん、必ず帰るから…」
泣きそうになるのを耐えて、珠紀は瞳を閉じた。
思い浮かぶ限りの拓磨の姿を思い出して、そこに必ず帰るのだと、帰りたいのだと心に決める。

「だから、それまではこうして話してもらえる…?」
『もう少しは機械音で我慢してやる。でも、俺はあんまり気は長くないぞ』
「それは私も一緒。あと少しだけ、ね」
『仕方ないからな…』
そうして嘆息した拓磨の声に、珠紀は嬉しそうに携帯電話を握り締めた。


* back *

なんだか拓磨や珠紀の口調がわからなくなって、ちょうど手元にあったFDをやり始めたら、創作そっちのけでゲームをやり始めてしまいました…
どうやらゲームはBGMには出来ないみたいです…