それでも僕は (ゲーム本編前・拓磨独白)



どこだ、ここは…

そう思い、拓磨は辺りを見回し…直後考える事をやめた。
知っている場所。
学校も家もある場所。

封鎖された季封村。
自分がいなければならない、という義務を負った場所。

見覚えがある馴染んだ場所なのに、全てが色を失っていた。
それがまるで違う世界に迷い込んだような感覚にさせられる。

夢の中にいる感覚。

でも、不思議と安心できるような、楽しいような。

…奇妙な感覚が体を支配していく。

そして、響く足音だけの世界に飲み込まれるように拓磨は歩を進めていった。



どこを歩いても、誰一人見当たらない。
学校を歩いても、家にいても。

当てもなく、拓磨は村を歩いていた。
唯一響く、その規則正しく澄んだ靴音は拓磨の精神を集中させていく。
あまりに静か過ぎる世界、自分の生み出す音しかない世界。
それが少しずつ拓磨の感覚を狂わせていく。

そして、神社へと続く最後の階段を上り終えた時。
フラッシュバックのように、一瞬目の前に浮かんだ人影に、拓磨は息を飲んだ。

知らなくて、知っている人影。
いや、人と表現するのは間違いであると知る。
長い髪、鋭い爪、額から生える角。

にもかかわらず、普段拓磨たちが戦うオボレガミとはまったく違う。

見たこともないカミ。
なのに、そのカミに惹かれるように拓磨は歩を進めていった。

近づこうとしてもなかなか近づけない。
なのに、フラッシュバックされる間隔は少しずつ短くなっていき、それはいつしか古いフィルムのようにそのものの姿を映し出していた。

鳥居を越え、落ち葉を踏みしめ、拓磨はそれへ向かって歩いていく。
そして手を伸ばし、そのカミの手を取った瞬間。

目の前が真っ赤に染まり、拓磨は息を飲んだ。
流れ込んでくる感情。
憎い、自分を取り巻く全てのものが。
自分から大事な物を奪うものが。

拓磨は、流れ込んできた感情が自身の中で根を張るのを感じていた。
目の前が揺らぐほど、気持ち悪い感覚。
侵食され、追い詰められ、精神を蝕んでいく何か。

ニクイ、ユルセナイ
…コロシテヤル…


そして、津波のような感情が引き、再び開けた世界に拓磨は言葉を失った…。

色を失ったはずの世界が、色を取り戻していた。
足元には、真っ赤に染まる紅葉と…そこに埋もれる黒い制服。

「真弘、先輩…?」
倒れた顔は髪で影がかかっていて見えないけれど、拓磨がその人を間違えるはずもなかった。

幼い頃から同じ宿命を受けた者同士。
どれだけ憎まれ口を叩かれようが、結局最後には年下である自分や慎司を守ってくれる人。

その側に倒れる、もう1人の人も同様で。

「祐一先輩…」
拓磨はその場で固まって、ただそれを見下ろす事しかできなかった。

その足を何とか叱咤して歩を進めれば、拓磨の視界に更に飛び込んでくるもの。
長い髪と、もう何年も見ていない小さな影。

「大蛇さん…?慎司…か?」
そうして自分の足元に倒れる4人の姿に頭を回転させようとした瞬間。

更に奥に見つけた姿に、拓磨は駆け寄った。

長い茶色の髪、巫女服に包まれている細い体。
顔も知らない。
名前も出てこない。

でも、拓磨は直感的にそれを知っていた。
大事な人なのだと、何よりも彼女を守りたいのだと。

そして、そんな彼女が今倒れているのだと…。

慌てて抱き起こすも、すでに力を失い熱も鼓動も感じない。

「なんで…」
そんな悔しさを噛み締めるように握り締めた手がぬるりと滑って…、拓磨は声を失くした。

「…っ」
でも、その瞬間拓磨の脳は全てを理解してしまった。
手に残るのは、殴り、引き裂き、潰す感触。
耳に残るのは、彼らの悲鳴と叫び、自分を憎む声。

自分が彼らを傷つけた感触に、拓磨は目を見開く。

「違う…」
呟こうと、血に染まった手を否定しようと無意識に零れた声。

「違う、こんなの、望んでない…」
全てを壊したい感情に飲まれた時、憎いと思ったのは自分から全てを奪うものであって、彼らではなかったのに。
共にいてくれる彼らを憎む理由も恨む理由もないのに…。

…自分が彼らを殺したのだ、と…。

拓磨の脳がその一言をはじき出した瞬間。

「ウアアアァアア…ッ」
拓磨は叫び声を上げ、意識を失った…。





「…ッ!!」
全身を冷や汗で濡らして、拓磨は飛び起きた。

荒い息と鼓動を落ち着けようと胸元を掴むも、何の効果もない。
そして、その手が血に濡れていない事に大きく安堵を息を吐いて、拓磨は再び布団へ横になった。

眩しいほどの蛍光灯も、見慣れた天井も、色鮮やかな世界も、ここが現実だと教えてくれる。

先ほどまでが夢だったのだと実感しつつ…拓磨は腕で目を覆うようにして夢を反芻していた。

大事な人が、殺されていく夢。
…大事な人を、殺していく夢。

そんな事はありえないのだと、否定しきれない自分に、拓磨は自嘲の笑みを洩らす。

自分の中に息づき潜むもの。

いつか暴走し、あの夢が現実になるのではないかという恐怖感。
それがあまりに恐ろしくて涙が出そうになった時。

「拓磨、いるかー?」
真弘の声に、拓磨は我を取り戻すと慌てて身支度を整えた。

「なんすか?こんな朝っぱらから」
「ババ様から召集がかかってるんだよ。だからわざわざこの真弘様が呼びに来てやったんじゃねぇか」
胸を張った偉そうな台詞にも、妙に安堵してしまい拓磨は小さく笑みを洩らす。

「なんだ?拓磨、その人を小馬鹿にしたような笑みは。歯ぁ食いしばれ!」
そして、いつも通りの真弘との攻防を続けながら、拓磨は改めて感じていた。

何年も、守護者の仲間にさえ隠し続けてきている事実。
自分のうちに潜むもの。

それでも…守るべきものがあるなら。
守護者の仲間と、顔も名前もわからない巫女服に身を包んだ少女。
失ったと思った瞬間、絶望するほど守りたいと思ったものも胸に抱きつつ、拓磨は内に潜むものを封じ込めようと、恐怖感を追い出した。


* back *


どうしても緋色は明るい話を書けないらしいです…
つ、次こそはと思うのですが…(汗)
次もおそらくシリアスだろうなぁと思っていたりします…
今回の話は、本編前の話の予定です。
なので、拓珠のつもりなのですが、珠紀が一切出てこない吃驚具合。
拓磨の覚醒後の常世神の姿が凄く好きなので、ついついそれを書こうとすると凄くシリアスになります…
加えて、少し暴力的描写があるような気がするのが心配です。
今確認したら、去年の12月から暖めていたネタらしいです…