同じものを望む (翡翠の雫、晶ルート・拓珠)



虫の鳴く声も聞こえない夜更け。
重い空気。

…追い詰められるとは、こうであっただろうかと思う。

守りたい、傷つけられたくない。

どうしてその願いが叶わないのか。
どうして傷つくのが彼女でなければならないのか。

不意に、つい先ほど出会った女子と被った彼女の姿に、拓磨は小さく嘆息した。



「拓磨」
「なんだ」
もう日付も変わった夜中。

隣の部屋で珠洲が眠ったのを確認した珠紀が顔を出す。

「寝ないのか。明日も忙しいぞ」
「それは拓磨も一緒」
その表情に小さく笑みを浮かべてから、珠紀は拓磨の隣に腰を下ろした。

「さあ、腕見せて。怪我したでしょ?」
「重森に比べたら大した事ない」
「それでも」
じっと見つめられた瞳に負けて、拓磨は腕を差し出す。

「大した事ないだろ。ほとんど治ってんだ」
そうして袖を捲って見せた傷に、珠紀は悲しそうに顔を歪ませた。
「…でも」
その傷に触れて、治癒を施す。

「ホント、お前もうまくなったもんだな」
「玉依姫として頑張ってるからね」
珍しい拓磨からの褒め言葉に少しばかり嬉しそうに微笑んだ直後、珠紀は表情を曇らせた。

「珠紀…?」
そうして腕にしがみ付いてきた珠紀の手が震えているのが伝わってくる。

「珠紀…?」
名前を呼び、ゆっくりと様子を伺えば怯えているかのような珠紀に拓磨は手を伸ばそうとして。

「ここにも、玉依姫はいるんだね」
ポツリと洩らされた言葉に、拓磨は手を止めた。

典薬寮を経て話を聞かされた時、俄かには信じがたくて、でもこれは現実の話。

「やっぱり生贄になる運命を最初は背負うのかな。負わなきゃ、いけないのかな、玉依姫は…」

生贄にしようとする追っ手から逃げてきた珠洲と晶。
その姿がどこか…自分達の姿と重なる。
まだ1年と経っていない。
あの時の衝撃を癒すには、まだ時間が足りなさすぎる。

「どうして、なのかな…」
震えた声の珠紀に、拓磨は手を伸ばした。
振るえごと抱きしめるように、肩に回した手に力を込める。

そうして抱きしめられた温もりに、珠紀は1つ安堵の息を吐いた。

「ありがとう、拓磨」
ようやく落ち着いた様子の笑みに、拓磨も安堵の息を洩らす。

「だからね、思うの」
語り始めた瞳が強い意志を持って、拓磨を見つめた。

「頑張るよ、絶対に。あの子達の幸せのために。拓磨が…みんなが私達の運命を変えてくれたみたいに。だから、今度は私達が…」
強い意志を感じる言葉に、拓磨は小さく笑みを零す。

「なによ」
その笑みが不満だったのだろうか、小さく膨れた珠紀に拓磨はさらに笑みを浮かべ、ゆっくりと珠紀を抱きしめる腕に力を込めた。

「お前らしいとは思うよ。でもな、あくまで俺達がやるのは手伝いだけだ。やるのは…あいつに任せておけ」
思い浮かべた後輩とでも呼べる守護者の姿に、拓磨の表情から笑みは消えない。

この世界の玉依姫を守る決意に満ちた守護者。
いや、珠洲と言う女の子を守ると決めた少年。

見ているだけで、その心情が伝わってくるようで。

「俺もあんな顔してたのか…?」
拓磨は1人呟く。
自分もあの少年と同じように、玉依姫だからではなく、珠紀だからこそ守りたいと思って行動していた。
その時の表情を多くの人に見られていたのかと思うと、拓磨は顔に熱が上がってきた気がする。

「どうかしたの?」
聞こえなかったらしい珠紀の問いに、顔の熱を振り払うように首を振って。

「とにかく、あいつに任せておけ」
「確かに、私達が干渉できる値は限られてるだろうけど…!」
やる気の篭りすぎているくらいの声に、拓磨は珠紀を両手で抱き込む。

「重森に任せておけばいいんだ」
そうして自身の腕の中に納まった珠紀に、拓磨は満足そうな笑みを浮かべた。

守りたくて、守りたくて。
守護者の使命じゃない、どうしても守りたかった女の子。
珠紀に好意を寄せていた仲間の姿を思い出し、それを自分が果たせたのは幸運だろうと拓磨は思う。

「好きな女を守れる特権ってヤツだな。俺が珠紀を守る役目を誰にも奪われたくないように、あいつだってそうだろ。『特別』、なんだからな」
だからこそ、手に出来る温もりがどれだけ幸せか。

珠紀を抱きしめつつ、拓磨は後輩の幸せを願った。


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