答えのない問い (還内府の正体を知った後・将望前提で梶原兄妹)



「おやすみ、朔」
「ええ、ゆっくり休んでね」
「朔もね」
笑顔で手を振りつつ退席した望美に笑顔を向けて、朔も手を振る。

皆が寝静まったと思える時間。
お茶に誘った時暗かった表情に笑みが浮かんだ事に、朔は僅かに安堵の息を洩らした。

それが満面の笑みでなくとも、暗く沈みきっている時間は短い方がいい。
それが少しでも望美にとってよいものであれば、と思いつつ、朔が茶器を片付けようと扉を開けた瞬間。

「あ、さ、朔、やぁ、こんな時間まで起きてたのかい?」
あまりにぎこちない挨拶と共に兄の姿がすぐ側にあり、朔は嘆息した。

「兄上…聞いていたのね」
非難の眼差しと共に問われた言葉に、
「少しだけ…わざとじゃないんだよー」
景時は慌てて言い繕う。

「それで…えっと…望美ちゃんはどうかな?」
そして苦笑と共に問われた言葉。

「兄上、それは八葉として?それとも源氏の戦奉行として…?」
朔のどこか冷えた瞳に押され、苦笑しか浮かばない自分に景時は更に苦笑しか浮かばなかった。

「正直…軍師としての目がないとは言い切れないよ。でも、八葉として心配なのも本当だから」
「兄上がそういう言い方をされるのなら、本当なんでしょう。下手に嘘をつかれていないようですし」
兄の言葉を真実として受け、朔も一つ息を吐く。

先程の望美の様子を考えると自身まで沈んでしまいそうになるのを朔は懸命に押さえながら、言葉を選ぶ。

「みんなに心配をかけないように笑ってはいても、痛々しいわ」
「そっか…」
朔の言葉に、景時も表情を沈めた。

兄のその表情を偽りだと言うつもりもないのに、朔は自身が発した言葉に何よりも驚いた。

「なぜこんな戦が行われなければならないのかしら」
誰かを責めるわけではない言葉。

けれど、深く関わる景時にとってみればただでは済まない言葉になる。

「ごめんなさい…兄上の事を言ったわけでは」
はっと顔を上げた朔に、景時は悲しそうな笑みを浮かべながら首を横に振った。

「本当に、戦なんてなければいいのにね。そうすれば望美ちゃんも…将臣くんも…」
景時も言葉にならない思いを考える。

僅かに共にいただけの八葉でさえ、大きな衝撃を受けた事実。
しかし、幼なじみで、明確にはしていないもののおそらく恋仲と呼んで支障のない望美が受けた衝撃は朔や景時の比ではないだろう。

天の青龍、有川将臣が敵であった事実。

「こんな悲しい戦いがあるのかしら。あの子の…望美の望みは将臣殿との事なのに…」
以前朔が問い掛けた時、照れくさそうでどこか哀しげに聞こえた言葉。

『今までずっと一緒にいたから、こんなに離れてるの初めて。源氏が落ち着いたら…将臣くんのところに行って、手伝いとかして、傍にいられるかな?…なんてね』
照れ臭さを隠そうとした笑みが、朔には可愛らしく見えて微笑ましかった。

かわいい妹でもあり親友の恋を、応援しないわけがない。

「きっと、将臣くんもそうだったんだろうね…」
思考の渦に飲み込まれかけた朔に聞こえた言葉。

「えっ?」
「将臣くんから、聞いたことがあるんだ。今は側にいられないけど、ちゃんと八葉として守ってやれたらって…。望美ちゃんのこと、そそっかしくてまっすぐで、心配だから『俺が見てないと』って」
そうして兄から聞いた将臣の言葉に、朔の瞳から涙が零れた。

「さっ、朔?!」
「どうしてこんな…思い合うもの同士が、なぜ互いに殺し、殺されるために戦場で相見えなければならないのかしら」
望美のために涙を流す朔を慰めるように、景時が肩を撫でる。

「ごめんね、朔。何もできなくて」
「兄上が悪いわけじゃありません。白龍が悪いわけでも、望美や将臣殿が悪いはずもないのに…、どうしてあの子ばかり辛い目に」
「だから朔。こんな時こそ頑張らないとね。きっと、ここにいる誰より望美ちゃんを助けてあげられるのは朔だから」
朔が必死に涙を拭って顔を上げれば、見守るように笑う兄の姿。

「私にできる限りをするわ。親友として、黒龍の神子として」
そうしていつものようにしっかりと見上げられた瞳に、
「それでこそ朔だね」
その強さに少し悲しみを覚えながら、景時は笑いかけた。



* back *


朔の台詞が浮かんできて書き始めたのですが、予想とは違う感じに…(汗)
本当は妹特権で軍師である兄に詰め寄るというか、どうにかならないのかと問い詰める予定だったのですが…
望美の心情を考えた朔が怒りよりも悲しみで一杯になってしまったので(汗)