(十六夜ED後・将望)
見逃したつもりではないという事は出来る。
それでも、それが自分自身の言い訳への言い訳にしかならないと自覚して、将臣は小さく唇を噛んだ。
日々通っている廊下や階段が無駄に長く見えて、将臣は小さく舌打ちする。
どうしてこんな事態になったのかと誰かに問いかけても返事はないだろう。
そして、先ほど自分を呼び出した女子が悪いとでも言えば、優しい彼女は怒り出しかねない。
だからこそ今のような事態になっているといえば言えるわけで…。
「ったく…」
1人、教室で待っている背中を思い浮かべて、将臣は更に足を速めた。
「望美」
「将臣くん」
教室のドアを開ければ、反射的に望美が振り向き笑顔を向ける。
それでも、
「おかえり」
元気を装って聞こえる声と表情に、将臣は望美の頬へと手を伸ばした。
「どうしたの?将臣くん」
「どうしたの、じゃねえだろ…」
わざと誤魔化そうとしている事がわかっても、将臣はそれをそのままにしておく気にはなれず…。
「んな顔するくらいなら、行って来いなんて言うなよ。結構傷つくぞ」
苦笑した将臣に、望美の表情が崩れた。
『あのね、有川君…』
頬を赤らめて、サイドに控えた友人に守られるようにして声をかけてきた女子。
経験から言って、事態を予測するのは難しくなく…。
将臣が隣にいる望美に一瞬目配せをしてから断ろうとしたその時だった。
『行ってきてあげたら?私の事なら、気にしなくていいから』
望美が、笑顔で将臣の肩を叩いた。
『おい、望美?』
『ほら、待ってるよ』
そうして断る事が出来ずに、呼ばれていったのはほんの十数分前の話。
「断ってきた。彼女がいるっつってな。だから、んな顔すんなよ…」
頬を撫でてくる将臣の手に、望美は更に表情を歪める。
「だって…」
「ん?」
そうしてようやく引き出せた声に、将臣は耳を傾けた。
「だって、思いを伝える事って凄く勇気がいることでしょ?その覚悟を私が無碍にするのは申し訳ないと思うの」
「でも、お前にはその権利があると思うんだけどな」
「それでも、私は嫌だなって思ったの。その気持ち、少しはわかるつもりだから。だからね、最初は平気だったんだよ?」
顔を上げ微かに微笑んだ表情に安堵する間もなく、望美の表情は沈んでしまう。
「でもね?」
望美の口から続きが紡がれるのを、将臣は根気強く待った。
「でも、ずるいと思っちゃったの。そんな風に思っちゃダメって思ったけど、止まらなかった…」
「なにがだ?」
悲痛を帯びていく望美の声に、落ち着かせようと将臣は更に望美へと手を伸ばす。
「いいから言え。全部吐き出しちまえ。俺の前で、我慢するな…」
抱きしめられた腕に任せ、それでも顔はあげられないままに望美は言葉を続けた。
「だって、私にはできなかったんだよ。言いたいってどれだけ思ったって、言っちゃだめだった」
そして、思い出すのを拒否するかのように望美は将臣に抱きつく腕に力をこめる。
還内府であった将臣と、源氏の神子であった望美の想いが通じるはずのなかった異世界。
どれだけ勇気を持っても、どれだけ伝えたい言葉が溢れかえっても。
それでも、互いに大事な物を持っていて、それが思いを阻んだ。
もっと大事なものに気付いていたけれど、それでも互いに捨てるには重過ぎるものを背負ってしまっていた。
当然ながら、先程将臣に告白してきた女の子には、そういった柵などあるはずもなく。
だからこそ、思ってしまった妬み。
「なのに、ずるいよ。他の子は、あっさり将臣くんに言っちゃって。ずるい…。私が言えなかった事、何にも気にしないで言えるなんて…ずるい」
そして、顔を見られたくないとばかりにしがみ付いてくる腕に、将臣は小さく息を吐いた。
見逃したつもりはなかった。
けれども、見逃したと同じことになって、呼ばれたところに行くしかなかった。
それを、ようやく挽回できた気がして、将臣は安堵する。
「悪かったって」
「将臣くんが悪いんじゃないもん…」
「他にも色々、な」
将臣の小さな苦笑を感じ取った望美が、首を横に振るのを感じた。
「だから、お前も自覚しろ」
「え?」
不思議そうな表情で見上げてくる望美に視線を合わせるように、将臣は顔を覗きこむ。
「お前には嫌がる権利があって、あっさり許可されちまうと俺は俺で凹むんだって事をな。俺だって、お前の以外は聞きたくないんだよ」
そうして囁かれた言葉で真っ赤になった望美の様子に、将臣は満足そうに抱きしめる腕に力をこめた。
* back *
将臣に告白してくる女の子に嫉妬している望美を。
ただ嫉妬している、ともちょっと違う感じに嫉妬しているシーンが思い浮かんだのですが
そのシーンのみ思い浮かんで書き始めたので、
締め方が思い浮かばず中々終わりませんでした(汗)