酔狂 (キョンハル)



何とも楽しそうな鼻歌が聞こえてくる。
それが、微笑ましいどころか悪魔の旋律に聞こえてくるのは、致し方のないことだ。
俺は日常生活においてすっかり学んでしまっている。
…とてつもなくよくない予感がする。

それは新たな旋律か?
ハルヒ、サウンドウォーム(命名、俺)との再戦は望んでないぞ。

そんな俺の細やかな願いが叶った事などないように、やはり現実はいつだって俺に対して理不尽だと思う。

「さーて、できたわよっ!」
それはそれは満面の笑みで、ハルヒがパソコンから顔を上げた。





「何を企んでる」
「企んでるなんて失礼ね。ほら、見なさいよ」
そうしてハルヒに促されるまま画面を覗いてみれば。

「文化祭実行案、ですか?」
更に俺の後ろから覗き込むようにしている古泉が不思議そうに呟く。

そうか、古泉。
お前にもこの文字が見えると言うことは…悲しくもこれは現実か…。

「もしかしなくとも、これは文化祭当日に行う事ですか?」
「さっすが古泉君!キョンと違って飲み込みが早くて助かるわ!」
「お褒めに預かり光栄です」
ハルヒと古泉がなにやら微笑みあう。

こんなところで飲み込みがよかろうが悪かろうが、褒められて嬉しいのか?古泉。
…というか、こっちを見るんじゃない。
いち早い理解はお前の役目だろ。

「それもあなたがやってくださるなら、こちらとしては幸いなのですが」
「ハルヒの意見にあっさり同意する副団長は一人いれば十分だ」
突っ込み役がいなくなれば、このSOS団はどこに向かうのかさっぱりわからないではないか。
いや、最早…というよりも最初から暴走列車なのは百も承知だが。

「おや、あなたもそれを楽しんでいるのだと認識していましたが…」
「ふざけるな」
楽しむ余裕などあるものか。
俺と朝比奈さんは毎度被害の対象だからな。

「こら、そこ!おしゃべりしてないの!ちゃんと読んだ?」
最早パソコンの前から離れ、なにやら朝比奈さんの衣装を選別しているハルヒから叱責が飛んでくる。

はいはい、読みますよ…。

そうしてハルヒに言われるまま企画とやらをまとめたものに目を通し始め…その間にハルヒへと視線をやってみる。
またしてもコスプレして宣伝する予定なんだろうか。
朝比奈さんの悲鳴が今にも聞こえてきそうだ。
可哀想なあのお方は、きっとハルヒの言うとおりの衣装に身を包んでしまうに違いない。
しかし、可愛らしい事この上ないのは事実ではあるため、とめるものもったいない気もするのは更なる事実でもある。

「ねぇ、キョンはどれがいいと思う?」
ハルヒが示してくる朝比奈さん衣装コレクション。

「メイドもナースもやっちゃったし、次はなにかしらね?ゴスロリもやっちゃったし」
ハルヒの問いに、脳内に色々と思い浮かべてみる。
確かにどれもお似合いだったが…次は何が似合うだろうか。

「…やっぱり間抜け面」
「お前が聞いたんだろうが」
なにやら不貞腐れた表情のハルヒに睨まれてしまった。

「あたしとお揃いにしようと思うのよ。この案どう?古泉君」
「ええ、とてもいいと思いますよ」
…このYESマンはどうにかならんものか。

「これが僕の役割ですから」
ハルヒに聞こえないためとはいえ、近くで囁かれる。
しかし、男相手じゃ背筋が寒くなる効果しか生み出さない。
朝比奈さんなら大歓迎だがな。

「あなたもいいと思いますよね」
そうして今度は話題を振られた。

「何がだ」
「涼宮さんと朝比奈さんがお揃いの衣装に身を包むということです。お二人とも何を着ても似合いますから」
確かに、その古泉の台詞を否定する理由はない。

学園一、いや日本中探してもそうはいない可憐な美少女である朝比奈さんに、言動さえ悪くなければハルヒだって相当のものだ。

「ああ、悪くないんじゃないか?」
そう、確かに。
「チャイナ服だって似合ってたしな。ただ、あんまりにも奇抜なものはやめろよ」
付き合わされる朝比奈さんがあまりに不憫だ。
幸か不幸かハルヒや朝比奈さんのバニー姿やらを見慣れてしまった俺たちとは違い、一般の人たちにあれは刺激的過ぎるだろう。

「なによ、親父くさい」
「目立つ事を自覚しろと言ってるんだ。変なやつらに目をつけられても知らんぞ」
まぁ、実際そんな事になって不機嫌になられて困るのは古泉だから、古泉が何とかするんだろうが。

「その時はあなたも一緒に決まってますよ」
「…どうせ俺は巻き込まれ型なんだ」
自覚をしているし、諦めもしてるから、口にして再確認してくれるな、物悲しい。

「…わかったわ。頭の端に入れておく」
「端かよ」
人の折角の忠告をあっさり却下し、ハルヒは相変わらず服選びに余念がない。

「だめね、決まんないわ。今までやっちゃったものしかこっちにしないし…。買い物行くわよ、買い物!今度の日曜ね!」
そうしてこちらを向いてすでに決定した予定を宣告してくるハルヒは相変わらずの笑みで。
相変わらず人の都合は聞きゃしないが、どうせ暇で断る理由もない。

それに、何より。
輝く大きな瞳が楽しそうで、それがここにあって、こんなSOS団を一度でも望んで選択した身だ。

「いいわね、キョン!」
「好きにしろ。付き合うから」
こんな事でハルヒが喜ぶなら、いいと思ってしまう自分に対し酔狂な奴だとしみじみと感じつつ。


* back *


今回の話…と言うよりも私が書くキョン視点のものだとなんだかんだと朝比奈さんを褒めちぎり、古泉を嫌がります。
ハルヒをあんまりべた褒めできないので、その中にさりげなくキョンがハルヒを好きな気持ちが込められてたらなぁと思います。
実は、この話でハルヒ視点を書きたいなぁとも計画中なので…書けるといいなぁと
傍から見たキョンの言動の方が、ハルヒ好きなのが表面に出てるかなぁとか